さくらんぼのアメリカ日記 思ったこと二つと息をひそめる3歳児 (2)

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思ったこと二つと息をひそめる3歳児 (2) 

前回のひとりごと、書いているうちに、本当に言いたいこととは正反対の内容になっちゃったような気がするのだけれど、続きを書きますと言ってそれっきり。なので、前回のこととその時に思ったことを思い出しつつ...

あ、だけどその前に、レイコさんのところで見てとっても食べたくなって作った卵のサンドイッチの写真、忘れる前にアップしておきます。ピクルス入りのサンドイッチがおいしそうで、同じように作る予定だったのですが、直前で気がかわってケッパーに変更。あとはきゅうりと鶏ハムだったかな。中身詰めすぎでちょっと体裁が悪いのと、あと、冷凍しておいた茶色の食パンと白い食パンと両方使ったのに、色が悪いですね。スモークサーモンかトマトを入れればよかった。

IMG_8776.jpg

トマトのスープも作りたかったのですが、こちらは材料がなかったのでセロリとトマトをさっと煮ただけ。セロリの葉は仕上げて入れて色よく仕上げたつもりだったのですが、サンドイッチつくりでもたもたしている間にトマトの酸味で色が変わっちゃいました(涙)

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で、ここからがひとりごとの続き

なんか、「気のいいアメリカ人は(というか、『人は』)みんな、人のことを助けたいし、いいひとでありたいと思っているんだけれど、そのために何か犠牲を払うのはいやなんだよなあ」といった類のことを書いたと思うんだけれど、書きたかったことは、「何かを犠牲にしたり努力したりするのは嫌なんだよなあ」という点ではなくって、「何かを犠牲にしたり自分の必要なものを差し出したりするのは嫌だから、利害関係が発生してトラブルになることもあるけれど、根底にあるのは助け合いの精神っていうか、み~んな「根はいい人だったんだよなあ、ほんとうは」と気がついたところが新鮮だったと書きたかったの。ってすごくまどろっこしい表現だけれど。要するに、「どうしてあんなに自分勝手で嫌なこととか意地悪をするんだろう」って思う人が、矛盾しているようだけれど、実は善意の塊だったりするわけで、Road to Hell is paved with good intentions(スペルと冠詞が怪しい)じゃないけれど、み~んなが善意でいろいろなことをやろうとしても、みんなの思うところや価値観がばらばらだとぐちゃぐちゃになっちゃうんだろうなあと思った。

基本的に、私は人を(というか、人間を)愛せない。好きとか恋とかいう愛じゃなくって、人類愛ってほどでもないけれど、要するに、人間なんて(ってこの人間には私も入るけれど)結局は利己的で、極限に追い詰められたら結局は自分のこととか子孫の生存のことしか考えられなくって、特に私とか、最後に食べ物が一人分だけ残ってたら、普段は、「人生に未練なんてありませんとか言っているくせに、相手突き飛ばして食べ物奪っちゃったりするんだろうなあ(あ、いつも食べ物)」って考えると気が滅入る。

大体、宗教も道徳もみんな人間の生存欲求っていうか自然の原理に反することを教えていないかい?
神(どんな宗教でもいいけれど)は信仰は人間の自由意志に委ねたのであって、強制的に人を信者にすることはないって幼稚園の時に教わったけれど、「信じれば天国(極楽)、信じなければ地獄」って言われたら、地獄に行くこと怖さに何かにすがってしまう人はたくさんいると思う。

奇跡まがいのことをやってみせて信者をひきつける新興宗教もあるけれど、私みたいに強情な人間じゃなかったら、普通、奇跡を見せられてふらっとこない人はいないと思う。

「良いことは人とわかちあいなさい」って言ったって、そう教えられて、そうするべきだと思っているから、そして、私なんか見栄っ張りな東京育ちだから、ポーズでそうやっているだけで、本当におなかが空いていたら、おいしいものは独り占めしたくなるだろうし、他人の幸せは一緒に喜ばなければいけないって思っても、それがあんまり好きじゃない人の幸せだったりすると、「なんだかなあ」って気分になるのは事実。
あ、今の生活ではいつも「お腹が空いている」わけじゃないので、何かおいしいものができた時には食べてくれる人がいるととってもうれしいんだけれどね。

でも、自分のことを棚にあげるつもりはないのだけれど、なんか、それが人間なんじゃないかなあって思った。で、普通だったら、こういう時は、私の中の三歳児(あれ、5歳か7歳だったっけ?)が暴れだす。「ふざけんじゃないよ。人間なんてやってられっかよ。だいたいさあ、食べ物がなければおなかは空くし、甘いものとかちょっと食べれば余計食べたくなるし、お金だってものだって、ちょっと手に入ればもっとほしくなるように人間を作っておいて、それで、『いい人でありなさい』なんて道徳的な規則作ったって守れるわけないじゃないかよ!」と。

なんだけれど、この男の子、最近、影を潜めちゃっていて出てこないんだよね。影を潜めたのは、↑にある、「人間って実は根はみんな良い奴だったんだなあ」っていう発見と、もうひとつ、いつも車の中で聴いているオーディオブックスのミステリーの名で、"Little men make the most of what little power they have" という表現を聞いた時。ケンタッキーの乗馬のショーの最中に、不法移民が働いているとの情報を聞いた移民局の下っ端係官が、乗り込んでいって、その人が、「お金持ちの集まる乗馬のショーを少し引っ掻き回してやったぜ。いい気味だ」と小気味よく思っている時にナレーターが言った言葉。

いつもの私だったら、「そうそう、人の楽しみとか台無しにして喜んでいる低俗な人っているよねえ」って思うのだけれど、その時は、「あ、これ、私の中の4歳児がいつもやっていることだ。肝心なときに表に出てきて、いつも私の(?)人生を台無しにしようとする」と思った。

まあ、自分の中のなにかが自分の人生を台無しにするのなら、それは自業自得だから文句の言えた義理ではないのだけれど、これって、ジギル博士とハイド氏ではないけけれど、この男の子は私の中の影の部分。私の中にも、きっと、他人の楽しみを台無しにして大喜び(いや、表面上はそんなこと願ったことは一度もないよ。誓ってほんとだってば)する影の部分があるんだろうなあと思う。この影の部分を自分の一部として認識できないから、4歳の男の子に姿を変えて時々出てくるんだろうなあと思ったとたんに、その男の子が影を潜めてしまったというもの。

私は、ユング心理学が好きだから、こういう表現と解釈になるのだけれど、これを、憑依霊とか悪例とか過去生の...と説明することもできるのかなあなんて思ったりもしたのだけれど、とにかく、どういうわけか男の子が表に出てこなくなって...

それから、すごい勢いで家中を片付けだして(あ、まだ書類の山とガラクタは積み上げてあるけれど)支払いも期日通りに終わらせるようになって...

私の中で何かがかわりつつある。

やったあ。これでおしゃれもばっちりだね。例の男の子がうだうだ言わなくなれば、大好きな小花プリントのワンピースを着たり、ピンクのドレスを着たりできるかな???

って思ったのはやっぱり夜だったから。朝になったらね、その他のことはすべてかわらずさわやかな気分だったんだけど、着るもの? 髪型? 洋服が後ろ前? 裏返し? 靴下の左右でかかとの色が違う?

めんどくせ、どうでもいいよ、そういうことは...
となった。これは持って生まれたずぼらな性格で、例の男の子のせいじゃあないみたい。
ま、この子もまたそのうち出てくるとは思うけれど。

って、これ、ぜ~んぶ、私の妄想でして、別に本気でこんなことを信じている多重人格って奴ではありませんのでご安心を。

え、逆に不安にさせちゃった?

コメント

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鍵コメ様

コメントどうもありがとうございました。
そう言っていただけるとほっとします。

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私の方が

いつもSakulanboさんのサンドイッチを拝見して「おいしそー」と思っているのに、私のを見て「おいしそう」と思っていただけてうれしいです♪
でも、やっぱり、Sakulanboさんのを拝見して「おいしそー」と思ってしまう私ですけど(笑) 

私の場合は男児ではないんですが、ほぼ男性の人格があるようで、通院させる度に車の中で泣き続ける飼い犬に、「そんなに鳴くなら、焼き犬にして食べてやるぞ」などと脅してます。だから、「大変ですね」とか「無理しないでくださいね」「いい人ですね」と言われるのが、人格になじまずに苦しいようです(笑)

鍵コメ2様

コメントありがとうございます。
落ち着いてよかったですね。
アメリカにいますので、日本人の方も含めて
昨日までのお友達がいきなり「訴える」と
言い出しかねません。
み~んないい人なんだけど、利害が絡むと
難しいですよね。
「鳩のように素直で蛇のように賢くあれ」
って奥が深い言葉だなあって思います。

レイコ様

いえいえ、レイコさんの食卓はおいしそうなものだらけです。
お野菜のスープも作りたかったのですが、なにしろ材料が
何もなかったので。
レイコさんの中の男性は、なんかいさぎよくってカッコ
良さそうですね。
以前に曽野綾子先生の本に、「キリスト教における愛とは
心で憎んでいても、表面上相手につくす...」(ちょっと
解釈間違えてるかもしれませんが)って書いてありました。
この理屈でいくと、たとえお腹の底に腹黒いものがあったと
しても(いえ、レイコさんにはないと思いますが)それを
表面に出さずに人に良い行いをすることは大切みたいですね。
俗人の私には無理ですが。ただ、これは、私自身への自戒
なのですが、本当に自分を愛して自分のことを大切にいたわって
やることができないと、人に対して心からやさしくなれない
のかも???って思うことがあります。なので、実際は
自戒ではなくて「口実」にして思いっきり自分のことを
甘やかすようにしています。

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