さくらんぼのアメリカ日記 生きていこうと思う

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生きていこうと思う 

このような時期に普通に食事日記をアップすることについては、いまだに気がとがめない訳ではないのですが、なんだかんだいいながら結構普通にアップしていますね。

3月の初めにかなり久しぶりに作ったとんかつ。ポークソテー用のお肉を買ってきて、肉たたきでたたいて筋切りしたものを使いました。
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こちらは圧力鍋製のごった煮。大なべで塩味だけで作って、小鍋でトマト味にしたのがこちら。
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翌日は豆板醤か何かをつかって中華風の味付けに。
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以下、ひとりごとです。
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結局、このような時に、すべては自分の問題として捉えてしまってこんなひとりごとばかり書いていて、つくづく自己中な奴だと思うのですが...

サバイバーギルトという言葉がある。私は、前にも書いたけれど、何も努力しない割りには割りとラッキーな結果になってしまうことが多くて、アンラッキーな場合でも一人だけ楽な目をみてしまったりとかいろいろ、「どうして私だけ.。。」というたびに、友人が、「それはサバイバーギルト」っていうんだよと教えてくれた。

まあ、このような大惨事になれば、多くの人が多かれ少なかれ思っているのではないかと思うけれど...

私の人生に対する態度はいつも書いているけれど
「こんな苦労の多い世の中に自分から望んで生まれてきたなんてとても思えないけれど、ま、生まれてきちゃったんだから仕方がない。せいぜい、命ある限りこの人生を楽しまなきゃ」というもの。

アメリカに来るまでは、「生まれてこなかったらどんなによかったか」と何度思ったことか。

同時に、楽しいことやステキなことは私には似つかわしくないと思っていた。

だから、もし食べ物がひとり分しかなくって、私が生きるか、私と一緒にいる誰かが生きるかってことになったら、空腹と自己防衛本能で気が変わらない限りは、食べ物は相手に譲って自分は先に死ぬ側に周ろうといつも思っていた。もちろん、この点に関しては考えは今でも変わらないけれど、以前はこれに、「私の人生なんてろくなものではないし、私は生きるに値しない人間だから」という枕詞がついていた。

あと、私の処世術は「逃げ」が基本。一番安全で確実な逃げ道をいつも探してきた結果、アメリカに住み着いてしまったって話がある。

過去数回、アメリカの会社を辞めているのだけれど、まあ、事情はいろいろあったとはいえ、このうちの3回は、あからさまに人と争うのがいやだったから。もう一回は、特定の誰が対象というわけではないのだけれど、同僚全員がライバルというような社風になじめなかったから。

皮肉なことに、私が会社を辞めたことで、私をライバル視していた人の会社人生がばら色になったかというと結果はすべて逆。最初の転職では、諸般の事情により、私が辞表を出す頃には、わたしをつらい気持ちにさせていた人たちはみなやめさせられた後だった。要するに、虫も殺さぬ顔をしてしっかり我が身は守ってしまったのがこの私。次の転職の時は、私が辞めた後で部内の困ったちゃんは別の部署に配置換えになった。次の転職は、これはいろいろとどうしようもなく複雑な事情が絡んでいるのでそれだけ書くと誤解を招きそうだから省略するけれど、後日困ったちゃんが飛ばされたという話を聞いた。

私の辞職はその引き金になったのかもしれないし、ただの偶然でまったく関係なかったのかもしれないけれど、なんとなく、私は無意識のうちにやっぱり他人を犠牲にして自分を守ってきてしまったのかなあと思わなくもない。まあ、仕事ができない人がそのミスを私に押し付けようとして...というケースがほとんどだったから、こういう時に我が身が守れないとアメリカの会社では生き残れないからって前にも書いたと思うけれど。

で、いろいろあっていい加減に気がついた。人間関係がこじれる度に辞表を書いていたらクビがいくつあってもたりないから強くなろうって。

あれ、地震の話を書く予定だったのに、また話がずれた。

逃げが基本で自分の人生にまともに取り組んでこなかったって書こうとしたんでしたよね、確か。
つらくなると、いつも逃げ出してきた。

でも、どこに行っても私の課題は後ろから追いかけてくる。
怖くていつも逃げることだけを考えているから、逃げることに夢中で大切なことがまるで見えていない。

私のように慢性的なサバイバーギルトを抱えている人間にとっては、今回のような出来事があると、「なぜ、なんの努力もせずに遊び暮らしている私がここにいて、一生懸命生きてきた人たちが犠牲に」と思ってしまう。

私、「今私にできることは」なんて改めて書くのは好きではない。前にも書いたけれど、私のキャラじゃないから。

でも...
と思う。

せっかくもらっている命、「いやだよ~」と言って逃げ回る前に、きちんと向き合ってみようかと思う。

もしかしたら、これは、今、こういう問題があって意識の中に顕在化してきたわけだけれど、ここ数年、あるいは少なくとも数ヶ月、私の無意識の仲でひそかに進行中だった思いかもしれない。

先日友人に言われた。君、今まで、家財道具全部しょって逃げ出せるようにっていうのが基本だったわけでしょ? いきなりコンドミニアム買って定住することにしちゃったんだから、何かが変わったんでしょと。言われてみればそうなのかもしれない。

コメント

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こんにちは。
いいお話ですね。
人は、まず与えられている。
物事の始まりと終わりは決められているけど、
その間の自由ももらっている。
後は、人次第です。

LaceyBlue様

どうもありがとうございます。
ほんと、真ん中は自由、
自分次第ですね。

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