さくらんぼのアメリカ日記 一人称の記憶と三人称の記憶

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一人称の記憶と三人称の記憶 

同じく、予約投稿の設定忘れ。

なんか、日本語が英語的というか、英語学習者的ですが、例によってひとりごとです。
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その前に少し前に作ったスペイン風トルティーヤというかスパニッシュオムレツの写真。ケチャップのかけ方が投げやりですが。
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以下、例によってひとりごとです。


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少し前に友人から、記憶について聞かれた。記憶となってしまわれた過去の出来事を思い出すとき、その記憶は、当事者として同じことを追体験するものか、あるいは、あたかもビデオテープを再生するように、自分が登場人物の一人となっているかというもの。

友人の場合、ほぼ100%、過去の記憶の追体験なんだそうな。こういうの、子供の頃の直感像記憶を大人になっても持ち続けている人とか、特殊な記憶力の持ち主で、過去の様々な感情というか情動(エモーション)を整理するのが非常に難しいタイプの人によくあるんじゃないかと思う。

私の場合は、99%がビデオテープだと思うと答えた。ただ、過去の非常につらいできごと。思い出したくもないようなこととかトラウマになっているようなことについては、ビデオテープの部分もあるけれど、自分が当時者となってそのまま思い出す記憶が、ごくごくわずかだけれど、ないわけではない。で、いろいろ思い出そうとしたのだけれど、よく考えるとそういう記憶はほとんどない。多分、3つだけである。

最初の記憶は、かなりの急斜面のスキー場のゲレンデで後ろから追突されて、まっさかさまに下にすべっていった時のもの。かなりのスピードだった。幸い、どこも怪我をせず、数秒後にはとまったんだが、この落ちていく瞬間の記憶はどう考えても一人称。ビデオテープではない。車がスピンして自動車事故を起こしかけたときの記憶も多分一人称。階段の上からまっさかさまに落ちたときの記憶も、落ちていく瞬間の記憶は一人称。ただし、着地の記憶はビデオテープに戻っている。

この会話の後、一時的に、一人称の記憶が増えたのだけれど、数日後にはまたもとに戻ってしまった。
で、それから数週間後、ふと気がついた。

これ、短期記憶を長期記憶に変換する過程で記憶が一人称から3人称に変わるんじゃあなくって、もともと、3人称の記憶のほとんどは、私自身が時分の体の中に入ってできごとをこと細かく実体験していないから3人称になっちゃうんだって。

友人との会話のあと一人称の記憶が一時的に増えたのは、ものごとの一瞬一瞬を真剣にきちんと捉えようとした結果だと思う。でも、いつもの生活だと、やっぱり、体はここにあれど心ここにあらず。いつもどっかで別のことを考えているものね。

過去に一人称で残っている記憶は、どれも、体が完璧なサバイバルモードに入っていたとき。全神経を集中させていたんだと思う。

ってことは、やっぱ私って、毎日かなりぼぉっとしてすごしているのね。ま、どうでもいいんだけどさ。

コメント

こんにちは。
スパニッシュ・オムレツだったのですね!
一瞬、私の記憶も呼び出され・・・これは「お好み焼き」だ!!と早合点してしまいました(笑)。
記憶・・・完全に記憶しないのが人間だと思っています。人の主観は自分で騙しますからね。。。

LaceyBlue様

はい、オムレツでした。
写真ってほんと見ただけじゃあわからないですよね。
記憶は所詮、人の脳の中で保存されるものですから
その過程で変遷しますね。
で、それ以前に、人の知覚を通じて認識された時点で
ものごとはゆがんでしまいますからね。
真実を人の脳に記憶させることは不可能と思います。

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