さくらんぼのアメリカ日記 「ほっといてけれ!」という時

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「ほっといてけれ!」という時 

いったいこの情けない食事の写真はなんだんだと思うけれど…
冷蔵庫の在庫をなくそう週間に食べたものだったような気もするが、あるいは忙しかった時に日系スーパーで買ってきておいたものを開けて、あと、残り物のサラダと合わせただけだったんだろうか。
卵豆腐と、市販のお漬物と残り物の野菜サラダ。
IMG_3128.jpg
以下、昨日の続きのひとりごと。

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昨日のブログをアップしたあとになにか閃いた。がっ,..
ぼぉっと頭の中を通り過ぎて行った概念で、すごくいいアイデアに思えたんだが、つかみどころがなかったらしく、右から左に抜けて行った。って、自分で考えたんだから、頭の真ん中から上にすべて蒸気として消えて行ったとでもいうか...

思い出してみるに、「私の価値」と言った場合、これは、いまさら書くまでもなく8割方のキリスト教的な宗教を信じている人にはあてはまるんじゃないかと思うんだが(あ、あてはまらないかもしれません)私が存在するために存在理由はいらない。私がただ、そこにいるだけで、神様、仏様、天神様、はたまたユニバースの愛は私に対してさんさんと降り注がれている。私はただそこにいるだけでよい。

これは理屈、いや、教義である。これが鵜呑みにできる人なんて少数派だと思う。

でも...

ただ、↑に書いたことは、くやしいけれど、外れてはいない。キリスト教を例にとるならば(あ、一部のキリスト教の人に怒られるかもしれないけど)神から愛されるためにはクリスチャンになる必要すらない。神に救われるためには神を信じることが必要かもしれないから、無信仰でも天国に行けるという意味ではないけれど、たとえば、放蕩息子の喩を例にとるならば、神を信じようが信じまいが、神の愛自体は先に存在する。人がその存在に気が付いて立ち返るか立ち返らないかの違いだけだと思う。(あ、これは、時々聞く、「そりゃあ、あなたは神様に愛されているかもしれないけれど、私は違うから」という言葉への反論)

で、前置きが長くなっちゃったけれど、私のことを書くならば、私自身は、か~なりながいこと、「(キリスト教の)神様には感謝している。子供の頃からいつも助けれれているし、絶望のどん底にあった時に助けてくれたもの聖書の教えであり、心に響いてくるイエス様の言葉であり、神様なくして今の私はありえない。でも、私には、そんな神様に愛される資格はない」とずっと考えていた。

私が「ほっといてけれ」と言ってふてねする時、「どうせ私なんか、生きていたってろくなことはないんだし、ろくなことはできないんだし、めんどうなことはしたくないんだよ、」と。

これは、何もしないことの言い訳。他者に責任をすべて転嫁しているが、ものぐさな本人にとっては、これ以上楽なことはない。

この「ほっといてけれ」が、世間様に対する言い訳ではなく、無意識のうちに自分の中に取り込んでしまった、世間様の価値観を否定する言葉となれば、すべてがひっくり返る。

「ほっといてけれ、これはおいらの人生なんだ。おいらはおらの人生を『堂々と』生きるんだい!」とすると、自分の人生を否定する理由がなくなる。

って、自分の人生を否定するのは、アメリカに来て好き勝手に遊びほうけているうちにずっと前からやめているんだが…

もし、私という人間には(そして、すべての人には)ただ、そこにいるだけで、(幸せに(あるいは不幸に))生きる権利がある(あるいは、ただ、生きていく)とすると...

私の人生、私の未来は、すべて私の上にふりかかってくる。
(つづきます)

コメント

高校生のころ、”I hate myself."と言ったら、命の電話のようなボランティアをしていたアメリカの友人が、とんでもないという顔をして、"Oh,Miyu!
God loves you. Why cant't you love yourself?" (細かい表現は違うかも)と言いました。ああ、信仰っていいなあと思ったのを思い出します。

miyu様

いいお友達ですね。
ただ、自己愛の難しさについては、上智大学の
デーケンス神父様(名前怪しい)が、曽野綾子
との書簡の中で書いていますね。
神に愛されている...と言える人というのは
ある意味、幸せな人生を送っているのでしょう。
でも、風が吹かない中で育った稲は収穫前に
倒れてしまうのだそうです。
幸せも不幸も、人生の味付けなのかもしれません。

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