さくらんぼのアメリカ日記 私と語学

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私と語学 

例によってひとりごとです。

その前に、写真は冷蔵庫整理のジャガイモのマリネ。本当は、ジャガイモのマリネとサーモンのマリネを別々に作って合わせて食べるみたいなのですが、生のサーモンは酢でしめても怖いので、スモークサーモンと、しつこくあまっていたいくらを合わせました。
IMG_4033.jpg

以下、あんまり意味のないひとりごと。

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よく書いているけれど、ここ数年、私を絶えず苦しめていた(で、実は自覚していなかった)正体不明の不安感がかなり少なくなった。具体的に、「不安感」と自覚できる不安感は今でもあるのだけれど、こういう風に正体がわかっているものは、真綿で首を絞めるようなどうしようもない感覚で人を苦しめることがない。不安だから不安と思って当然というか、あ、いま、不安に思っているなって感じる程度。

この不安感が消えてから、というか少なくなってから、これも何度か書いているけれど、人がとる理不尽な行動のかなりの部分が許せるようになった。私を無意識のうちに怒りや不安にまかせた無茶苦茶な行為に駆り立てていたあの衝動、その原因を、渦中にある時にはほとんど自覚していなかった...というか、自分自身がむちゃくちゃな行動をとっていること自体、気が付いていなかった。

で、不安感が消えて初めて赤面する。過去の私って、いったいどれだけひどいこと、無茶苦茶なことをしてきたんだろうかって。

で、こういう人を不安に駆りたてるものは、実は、知覚不可能な超音波みたいな、心の片隅の雑音なんだけれど、これも含めて、これよりももう少しわかり易い、「世間の声」に成り代わって自分自身で自分を批判する声みたいな(いえ、幻覚ってわけではありません)がいつも心のどこかに存在する。

以前、友達も似たようなことを言っていたけれど、この心の雑音は、頭の別の部分を駆使して外国語を話している時には静まっている。残念ながら、今の私にとって英語は「外国語」ではないらしくて、この効果はないのだけれど。

日本を飛び出す前、現実が耐え切れないほどつらかった頃、ひたすらスペイン語の勉強に夢中になっていたけれど、これも、そんな心の声を静めることに夢中になっていたのかもしれない。

今は、別に現実がつらいとかそういうことはないのだけれど、心に小さなわだかまりがある時や、まわりの環境が気になる時(人混みの中にいるときとかね)、耳から語学のレッスンを聞いて、暗記してみたり、暗証してみたり、外国語で物を考えている時には、やっぱり雑音が一時的にほぼ完ぺきに消える。

結局、私にとっても外国語の学習は、ものすごいストレス解消なんだと思う。

コメント

外国語=ストレス解消 憧れます☆
全く出来ないぽんとしてはほんと会話出来るだけ凄いと思います。
ので、それだけでも背筋伸ばして生きてもいいと思うんでしゅ☆
無い物ねだりになるけど、人それぞれいいとこあるので、そこを中心に生活して行って欲しいといいとこにゃい平凡なあっしはそう思ってます☆
http://blog.ap.teacup.com/hokkaidou/

ぽん様

あはは、私、話せるだけで、読み書きは日本語も含めて苦手なのです。
誤字脱字だらけのブログからわかるように、通じればいいって感じで
スペルだとか細かいとこ気にしないんで、お恥ずかしいです。
平凡な生活が一番ですよね。ぽんさんとZ君さんのライフスタイル
とってもあこがれます。

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